川崎中1男子はなぜ殺害された?地元の不良グループと背景
■ 最終更新■
全身傷だらけ、そして全裸の状態にさせられた変死体が見つかったのは、2月20日早朝。通行人が発見し、110番通報したことから事件が発覚しました。
この時点でショッキングな事件であり、各報道機関が大きく取り上げましたが、遺体が中1男子であることが判明し、手足などを縛られた状態で集団暴行を加えられた可能性や、まるで首の切断を試みたかのような執拗なまでの切り傷など、詳細が明らかになるにつれ日本中の注目が集まりました。
亡くなったのは、川崎市川崎区大師河原に住む川崎市立大師中学校1年生・上村遼太くん(13)。上村遼太=うえむら りょうた
「かみそん」の愛称で友達も多かった少年はなぜ殺害されてしまったのか。
この事件の背景には、殺される”前兆”のようなものがありました。
上村遼太くんの過去と不良グループとの関わり
上村遼太くんの両親は、2人とも神奈川県川崎市の出身。しかし父親が漁師を志したことから、上村遼太くんが5歳くらいの頃、島根県隠岐諸島の西ノ島町に移り住みました。
それから数年後、上村遼太くんが小学3年生の時に両親が離婚。母親が5人の子供を引き取り、看護師の助手として働きながら女手ひとつで子育てをしていたといいます。
しかし経済的な理由などから生活保護を受けるようになり、最終的には母親の実家がある川崎市に帰省することになりました。これは、上村遼太くんが小学6年生の夏ころのことです。
上村遼太くんは5人兄弟の次男で、高校生の兄が1人、小学生の妹が2人、保育園児の弟が1人います。
バスケットボールが好きで、中学校に進学後もバスケ部に入部。真面目に部活動にも参加していたということです。
しかし2014年夏ころになり変化が見えます。大師中学校のバスケ部に他中学の不良と仲の良い上級生がいて、この上級生を通じて他中学の不良たちとの交友関係が始まったのです。
この頃から、部活の練習に顔を出さなくなるとともに、次第に学校にすら来なくなってしまいました。
不良グループには中学の上級生だけでなく、16歳~18歳の高校生なども含まれていました。このグループのリーダー格が、本日逮捕された少年・舟橋龍一容疑者(18)です。
最初は特に問題もなかったように見えた交友関係でしたが、パシリのように扱われているうちに、万引きをしてくるように命令された上村遼太くん。これを断ったことが、暴行が始まるきっかけになったということです。
「殺されるかもしれない…」殺人事件の前兆
上村遼太くんと小学校時代に同級生だった少女は、別の中学校へ進学したものの、その後も仲がよくLINEなどで連絡を取り合っていたといいます。
この少女のスマホ宛てに2月14日夜、上村遼太くんはLINEで「ヤバイ。殺されるかもしれない…」というようなメッセージを送信。
少女によると、上村遼太くんが「グループを抜けたい」と言ったところ、「抜けたら殺すぞ」と脅された上で激しい暴行を受けたといいます。
この時の暴行によるものとみられるのが、以下の画像です。
目の付近に大きなアザが出来ていますが、この写真を見た友人は「これはまだマシな方です。顔の半分が全部アザになっていた」と話します。
そして、舟橋龍一容疑者とみられる少年が「グループを辞めたがっている奴がいるから、こいつを殺す」というようなことを言っていたという証言も。
少女は「上村遼太くんも生命の危険を感じていたのかもしれない」と話しました。
川崎中1男子殺人事件…Twitterでの反応
川崎の中学生殺害ほんと酷い。殺した子まだ未成年だから顔も名前も出ないけど、そこもまた腹立つ。人に暴力して殺した奴なんて顔も名前も全部テレビで出しちゃえばいいのに。しかも不良グループとかただの中二病。
— えりぼん。 (@eribon_ppp) 2015, 2月 27
川崎の事件で不良グループの父親がテレビのインタビューに答えてて、なんか口調でおかしいと思ったら息子が捕まった。こんなんでも息子を庇おうとしてるのか。保身なんか。
— nozomi (@nozomi59) 2015, 2月 27
川崎の殺人事件の犯人がもし、不良グループのやつらって決まったらころしてやってほしい。本当に
胸グソ悪い。
— リョームラタ(新世界想像力交響楽団) (@KaichoGuitar) 2015, 2月 27
川崎の事件に関わった不良グループの非行の度合いは分からないけど、当事者達の親や教育機関がもう少し介入していれば殺人なんて起きなかったかもしれない。てか加害者少年達の親は我が子がこの件に関わってる可能性とか感じてなかったのかな?思い当たるならきちんと警察に行くことを促してほしかった
— ゆー (@koman0) 2015, 2月 27
【川崎中1殺害】不良グループリーダーの母親「今いないヨ」「彼は事件のあった時間に家にいた」、父親「弁護士に聞いてくれ」
— ツクヨミ (@koziki33tukuyom) 2015, 2月 27
【川崎中1殺害】不良グループリーダーの母親「今いないヨ」「彼は事件のあった時間に家にいた」、父親「弁護士に聞いてくれ」
— ツクヨミ (@koziki33tukuyom) 2015, 2月 27
川崎の中1事件で被疑者は逮捕されたけど不良グループと絡んでた亡くなった被害者も正直言えば、悪いと思う。
いくら部活の先輩から不良グループを紹介されたからって、そこに入るかな?
学校にも行かないで遊んでたらしいし、こんな言い方申し訳ないけど、最初から絡まない方が良かったと思うよ。
— ゆーすけ@ぱいなー (@yusuke01220) 2015, 2月 27
川崎の事件だが、少年法云々の前に不良グループから抜けたい少年がどこに助けを求めるべきなのか周知すべき。学校なら学校、児相なら児相としっかり決めて周知するべき。
あいまいにしてるから責任のなすりあいになるし、子供も迷う。
— Yuji Saito (@ugkjapan) 2015, 2月 27
上村遼太くん殺人事件の関連リンク
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児相は何の力もないし、期待しないほうがいい。保護とかしてくれないから。
学校もなかなか踏み込めないだろうな。
それより、警察に少年センターってところがあるこら、やっぱり非行に関することは警察にガツンとやってもらったほうがいいと思う。
被害児や遺族を責めるのは見当違い。
加害者に刑法が適用され、再犯を招かないことを望む。
まじめに生きないとこうなります。
被害者の気持ちとされた事全てを加害者に感じてもらい
遼太君を思いながら逝って欲しいです。
そうじゃないとこれからもこんな事件が続くと思います。
少年法で守られるなら嘘の証言をした加害者の両親に償ってもらいたい
13歳これから先が長く楽しい事もあったでしよう
遼太君を殺めた犯罪は人間のすることにじゃない
人間じゃない
反省するとは思えない
犯罪者の両親も未成年の煙草酒を認めてたらしいから
処罰も大人と同じくしてももらいたい
更正するとは思えない
あの両親の発言と態度
そして犯罪をおかす子なのだから
普通じゃない
テレビ報道を見れば見るほど腹が立つし、可哀想すぎる。三人とも同じ目に合わせてやればいいんだよ?それか、死刑!!
舟橋の家族死んでほしい、報道であのバカ親とバカ娘を追跡してほしいです。
今も普通に生きてるのが腹が立つ。首を切断なんて人間がすることではない。ほかの
メンバーも家族も死んでほしいです。
あんな子供を育てた親が生きていてはだめです。
私も母子家庭で13歳の息子がいます。仕事でしんどい時、疲れてるとき、つい子供にかまってられず、遅くまでゲームをしていても注意せず先に寝るというのがほとんどです。上村くんの事件を知ってから仕事中も子供のことを考えるようになりました。やはり親がしんどいからと言って子供を放置してはだめです。祖父母も何を考えていたのでしょうか、親族が守らないで誰が守るのでしょう、借金してでも逃げればよかったのに
舟橋の親が仕事してるのが許せない
かみそんくんが可哀想。13歳と幼いながらに
男気溢れる少年で人望も厚かった。母親や同期生を庇い、全ての負を一人で背負って死んでしまった。善人は早世するというがまさにそう。せめてご冥福をお祈りします。
原因はなにであれ、人を殺めることは許されません。
あんなにキラキラとした素敵な笑顔を、もう見ることができず、悲しい気持ちで涙がとまりません。
もう許しを請うな…
つーか、犯人死刑でいいけどさ
あっちでまた上村君いじめたりしたらあれだし
もう少し年があけてから死刑で。
上村君が目つけられただけで他にも殺害されてたかもね
上村君を守ろうとしたグループは間違ってない
犯人が全部背負ったらいい。その仲間も
この模様を楽しんで見ていて囃し立ててた奴らの名前も上がったりするんじゃないの
本当にこの3人だけ?
死刑
上村君の事件から月日はたちますが、2月のあの日の悔しい気持ち憎しみの気持ちは変わってないです!
忘れられず、悲しく、毎日夜になるとますます月を見ながら思います!
あの河川敷の時も月が出てたんだろうか…
上村君もその月を見ながら殺されてしまったんだろうかと、悔しかっただろう。
まだまだしたいことや、この世であっただろうに。
家庭や環境や友達や、バスケが好きだった事や、全部知りましたが本当にあんなイイコが死ぬなんて有り得ません!
逃げたかったみたいだけど出来なかったんだよね、そりゃー逃げれないよ!
近くにいてあげれたら、守ったし、私が引き取ってあげたかった!
そんな気持ちにしたのは、上村君が本当にイイコだからこそだから。
河川敷には、遠くて行けなかったけど、必ずいつか手を合わせに行きます…
りょうたくんを殺した奴死刑でお願いします!!
もっともっと皆さんの声をあげて行きましょう!!!こいつら、人間じゃない!!!
今日お線香とお花を持って河川敷に行ってきました。本当に上村君が泣いているような雨でより一層河川敷がさびしく感じました。
こんな怖い思いをしたこの河川敷にもう一人にはさせたくない、上村君が帰りたかった西ノ島に魂が帰っていることを願いながら手をあわせてきました。
新しいお花もちらほら、でもほとんどが茶色に化しています。いつものおじさんが、お線香を絶やさず見守ってくれてました。私がいる間にも親子連れ、ご婦人、男性と8人ぐらいの方が手をあわせていました。上村君の写真が置かれていますが、夜になり真っ暗になるかと思うだけで可哀相で、可哀相でしょうがありません。
全くメディアが取り上げることもなく、報道もなく、、まだまだこれから始まる裁判を後押しするためにもこの河川敷の献花、手を合わせる人が訪れることが唯一の訴えだと思います。
3人が最高裁でしっかり裁かれるまで、又暴行を笑ってみていた周りの連中が捕まるまで。又、あきらめずに何回でも家裁、総理官邸、川崎市長、川崎警察に声を届けましょう。
悲しいことですが、そのような世論の声がなければ行政も地域も変わりません。
先ほど河川敷に行ってきました。いつもは仕事のお休みの日曜日に行ってたのですが、今日は49日ということで夜になってしまいました。少しでも寂しくならないようにお花を沢山持って行きたかったので車で。初めて一緒に行った妹は凄く怖がっていました。私もいつも昼間だったので夜の9時はさすがに不気味な怖さがありました。勿論誰もいませんでした。自転車で通り過ぎる3人だけです。ほとんど暗くてよく見えませんでしたが、新しいお花も増えててほっとしました。
足元は暗くてよく見えないのですが、土手の上からだと背後の高層マンションの明かりで思った以上に川の様子や人影は見える感じでした。ただこちらのマンションは出来たばかりのようでくるたびに入居の引越し風景を見てきました。実際、事件の2月20日の夜中にどれだけの部屋の明かりがあったかはわかりません。又、川岸は土手のせいでもっと暗いです。ここまでの2キロ近い道のりをどんな気持ちでついてきたのかと思うと、最後の土手から河川敷に向かう狭い道を寒い暗闇でどれだけ身も心も震えていたかと思うと本当に涙が出てきます。検察の方も、裁判官も本当にあの現場で同じ寒さと時刻の中で一つ一つの犯行を犯人達に実況させてほしいです。暖かい明るい部屋の中で審議するのとはわけがちがう恐怖と絶望感です。逃げるところもない、誰も通らない、怖さと痛さと寒さで声も出ない、出しても誰も聞く人はいない。あの場所で想像しただけで震えます。可哀相でどうしようもなくなります。絶対にあなたをこんな目にあわせた犯人たちを許さないからね、あなたの笑顔を奪った犯人たちの最後を天国から見届けててね。
先日の49日に持っていけなかったお線香と残りのお花を持って今日河川敷に行ってきました。又、いつものおじさんに会いました。
おじさんは上村君へのメッセージノートを作って手をあわせにきてくれた人に書いてもらっています。
時折雨が落ちる曇り空でしたが、それでも私がいる間にも4人くらいの方が来てくれてました。皆さん同じ気持ちです。
それこそ島根県から広島県から来てくれてます。本当は来る日に備えて、せめて河川敷に来てくれた人だけでも署名を始めたほうがいいのではと思います。私は捕まっている3人には極刑を望んでいます。報道でも伝えきれていないほどの残虐な殺し方をして、傷害致死なんてありえません。メッセージノートを署名かと思ったおじさんも「署名なら書くよ」と言ってくれました。
いざ審判が下ってからだと遅いのでは・・と心配になります。いろいろな方と会えるタイミングもありますし・・。
以前フェイスブックの署名というのがありましたが、ちょっと不安でしたし。
本来趣旨を文面にして賛同いただける方ということで住所、氏名を書いてもらわないといけないのかと思っていましたが
今はネットでも大丈夫なのでしょうか。その辺を調べてみてこのように同じ考えで心ある書き込みのサイトで広げていきたいですよね。
私個人としては上村君のお母さんに募金もしたいくらいです。勿論他にも沢山同じように困っている方がいるとは思いますが、今目の前で弱っているお母さんにエールを送りたいです。とても働ける状態ではないと思います。が、生活もあるでしょう。正直このまま川崎の地に住み続けることはあまりにも残酷だと思います。署名と募金とあわせて広げていければと思いますが、私も経験もなく、専門的な知識もないのでどのようにしていけば・・・と。世田谷区在住なのであのご近所の方も全くわかりません。今のままでいくと2人は軽い刑で終わってしまうようで心配です。今日も上村君には絶対あなたの無念ははらすからねと約束してきました。お花の横に上村君のうわばきが置いてありました。きっとお友達が終業式に持ち帰って持ってきてくれたのでしょうか。主のいなくなった上履きを見て又悲しくなりました。
でも悲しんでばかりいても何も変わらないのです。とにかく動かないと。
「法務行政に対するご意見・ご提案」にテンプレを参考に送ってあげてください。
是非ともよろしくお願いします。
-- -- -- -- --
https://www.moj.go.jp/mojmail/kouhouinput.php
件名 少年法改正を加速させる件
【意見・提案】
殺人、集団リンチ、強姦は少年法を活用せず成人と同じ刑を申し渡すこと。
川崎中1集団リンチ殺人事件の判決が出る前に少年法改正させること。
安倍自民党により少年法改正を国民投票で決めること。
よろしくお願いします。
-- -- -- -- --
上記はテンプレです。
私は自分の文章で送信しました。
「改正手続きは安倍内閣に委任します。」
メールボックスがパンクするまで拡散しましょう。
私達に出来る小さな小さな弔です。
change.orgの
伊丹雄三 署名 少年法
しっかり文面がついてます。
少年犯人3人とも逆送が決まりましたね。
10日以内に起訴されれば、裁判員裁判。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150512-00000097-jij-soci
昨日河川敷に行ってきました。近くの公園に寄ってお水を容器に入れて持っていきましたが、お花もちょっと少なくなりバケツ4個分でした。残りのバケツを洗っていたら、初めて会った方がたわしを買ってきてくれました。お天気がいいのであっという間にバケツも乾き、茎を切ってお水を取り替えて。いつもの優しいおばあちゃんがお線香を絶えずあげてくれて、毎日お水をお世話してくれている方とおじさんと、2時間ほど話している間にも家族連れ、少年たち、男性・・30人ほどが来てくれました。夜になっても真っ暗にならないように灯りの棒が増えていたり、お菓子が増えてたり、本当に皆に愛されています。
さすがに当初から飾ってある笑顔の写真は雨水が入ったらしくちょっと写真が汚れてきてしまいました。もう、3ヶ月になるんですね。どれほどの人たちがこの笑顔の遼太君に涙し、ごめんねと手を合わせ安らかに眠ってほしいと願ったことでしょうか。極寒の寒さを忘れてしまうような暑い日ざしになり、釣りや海遊びが好きだった遼太君が二度と夏の太陽を浴びることが出来ないんだ・・と思うと、日にちが経てば経つほどそんな現実を認めなくてはいけないことに又悲しみがこみあげてきます。島の持久走で「持久走は苦しかったけど、母ちゃんに遼太、よく頑張ったね。って言われて、気持ちが良かったです。」と遼太君が感想を書いた日に戻してあげたい。天国にいるから、生まれ変わるからと思う様にしても、あの夜の遼太君の心を思うとただただ可哀想で涙が出てきます
今日は雨が降らないうちにと朝8時半頃、河川敷に行ってきました。どんより曇っていて風が吹いていて誰も居ませんでした。ただあたり一面三角地帯の雑草が全て刈られ川岸まで見渡せる景色になっていました。うっそうと生い茂ってる雑草がなく、対岸からもおそらくよく見える感じです。泳がされた場所、亡くなった場所、そしていつもの献花されている場所と合計6個のバケツのお水を取り替え、茎の水切りをしました。誰もいなく風が吹いてちょっと寂しい感じだったので、小声で「今日は日曜日だし朝早いからね、まだ誰も来ないね、寂しいね」と声をかけながら。変わらない遼太くんの笑顔はまるで「大丈夫」と言っているような本当に愛おしい表情です。亡くなった場所にも遼太君の写真を置いてきました。1時間くらいの間に女の子2人、近所の方なのか自転車で2人、歩いて3人ほどの方が静かに手を合わせて行かれました。雨風対策にバスケットボールなど飛んでいかないように網がかけられて綺麗に整理整頓されてます。私は一週間に一度しか行かれませんが、近隣の方が毎日暑い日もお水を替えてくれているので、お花の持ちもいいです。3ヶ月経っても多くの方が足を運び献花し、手を合わせ、そして近隣の方が綺麗に守ってくれています。今は枯れた花もゴミもありません。供えてあったポテトチップスの口が開いて?4,5枚が飛び出していました。遼太君なら「いいよー、食べても」と言ったのか、お友達が来て一緒に食べてくれたのか・・・
小学校卒業文集に中学校での楽しみの一つに修学旅行を書いています。出来れば奈良に行って鹿公園で煎餅をあげてみたい。どんな味がするのか自分でも食べてみたい。と。いつかお友達がお土産に買ってきてくれるといいね。
昨日の日曜日、河川敷きに行ってきました。連日の暑さでお花もさびしくなっているのかなと思い、日差しに強い菊とお水を持って行きました。本当はひまわりにしたかったのですが、切り花では弱いので、ひまわりのような黄色い洋菊に。ひまわりは種を買ったので次回、河川敷にまいてこようと思います。強くしっかり育ち遼太くんを見守ってくれますように。ひまわりの花言葉は「あなたは素晴らしい」「あなたを見つめる」だそうです。ぴったりですよね、あの輝くような笑顔がまるでひまわりのようです。河川敷に着いたのは夕方6時過ぎだったので誰もいませんでした。3人ぐらいの方が遠くの川岸で釣りをしていました。
いつもの献花場所は綺麗に整頓されていて、雨風対策の網もしっかりかかっていました。
島の校長先生がいらっしゃったのか、「島の遠足」という写真が飾られていました。小学1年生の遼太君のアップの写真が3枚。本当に本当に可愛いです。ぽちゃっとしていて無邪気なあどけない表情で、まだ6歳の笑顔で楽しい遠足の風景が想像出来ます。あまりにも可愛くて、あーと思った次の瞬間には涙があふれてきました。犯人達に見せてやりたいです。こんなあどけない幼さを残しつつ、優しく綺麗な心を持った子供になんであんな酷い事が出来たのか。暗くて見えなかったのか、それとも汚い心を持っている犯人達には見えなかったのか、お前たちが殺めたのは何の罪も無い、こんな小さな優しい笑顔の子だったと言ってやりたい。肉体も笑顔も声も未来も何もかも、ある日突然失った母親の気持ちがどれほどのものか。おそらく永遠に理解することは出来ないであろう。後悔しているとしたら自分の処遇に対して。人としての心を持っていたら、あんな残虐なことはそもそも出来ないし、目の前で見てることも出来ない。人の心を持たないのに更生もなにもない。一日経って書き込んでいても怒りと悔しさとせつない気持ちがこみあげてきて・・。
3か所にあるバケツのお水を取り替えながら茎を切り、枯れた花を除いて、まだまだバケツ5個はお花が満杯です。新しい花束もあり、献花に見える方も途切れていないんだなと。さらに川岸近くのフェンス前には花壇が出来ていました。7月頃には綺麗な花に囲まれますように。7時半をまわり、あっという間に暗くなり、誰一人いない河川敷になっていました。何回も来ているのに、実際にこの場所でこんな残酷な事が起きたのだろうか、本当に写真の遼太君は存在しないのか、あまりにも失いたくない人を失うとその事実を受け入れたくないがために、自分でもよくわからなくなってきます。
今ほ全くニュースもなく犯人達の様子もわからず、捜査の進展もわからず、おそらく来年になるであろう裁判まで加害者弁護人は少しでも軽い裁決になるよう最大限の弁護を用意してくるのだろう。一方時と共に関わった人たちの証言は曖昧になったり、記憶が薄れたり、又捜査の手が届かなかったり・・と心配になります。特に犯人達の非行の数々を証言するのは周りの未成年の子供達。聞き込みをするのにもどこまで踏み込めるのか、一番よく知っている遼太くんのお友達は大丈夫なのか・・。主犯は殺人罪ですが、残る二人の傷害致死罪は納得がいきません。遼太君の写真の中で一枚だけ本当に怯えた横顔の写真があります。警察にはこの写真の背景をとことん調べてほしいです。あれほどの笑顔と忍耐強く正義感にあふれていた子が見せる怯えた表情、言葉はどれほどの酷い暴力、恐怖、苦痛を与えられていたかと思うと・・可哀想で仕方ありません。
しっかりと真実を明らかにして、正当な裁きを下してもらいたいです。
昨日河川敷に行ってきました。朝方9時過ぎに着いて、お天気も良く日曜の朝ということもあって私が着いた時には誰もいませんでした。バケツ4個のお花のお水を取り替え、水切りをして枯れた花を除いたり。フェンス前にはハイビスカスが綺麗に咲いていました。又、花壇にはひまわりの二葉が小さく芽を出していました。おそらく朝早くにお水をあげにきてくれていたのか、土も湿っていましたがやはり日影のない河川敷きではあっという間に乾いてしまいます。この時間になると河の水面も下がっているのでお水が足りず、近くの公園に行ってお水を汲んできました。マリーゴールドの苗も花は枯れてしまっていましたが、根がついたのかしっかり緑の葉も出て来てました。
3か所を回っている間に戻ると又新しい献花がされていて量は減りましたが、お花が絶えずことなく手を合わせに来てくれています。公園から戻ると1人のおばさんが美味しそうなみずみずしいスイカをお供えしてくれてました。遼太くんもきっと目を輝かせてかぶりついたでしょう。おばさんも何度か来てらっしゃるということでこの子の事は本当に忘れられないし、なんでこんないい子がこんな目にあわなければいけないのか、ずっと心にひっかかっていて・・ご自分の誕生日が2/21でちょっと早いけどとお孫さんが初めてお花をくれて凄く喜んでいた時にこの事件を知り、有頂天に喜んでいる自分が申し訳ない気持ちになったのを覚えていると。お孫さんも中1で遼太くんと同じ年。やりきれない気持ちで初めて河川敷に来た時には涙が止まらなかったと。島の方が供えた西ノ島への片道切符の話をしながら、又涙がこみ上げてきました。ネットに書き込んでいる方はほんの一部。献花に来れる方もほんの一部。全国にはまだまだ同じ思いで遼太くんの死を悲しんでいる人が本当に沢山いるんだと思いました。3月の頃はただただ安らかに眠ってほしいと手をあわせましたが、今は一日も早く生まれ変わってきてほしいと手をあわせてます。ひまわりとコスモスの種をまいてきました。雑草だらけの河川敷きがちょっと大人が手を入れて想いを繋げれば綺麗な花を咲かせるように、大人皆が少しずつでも見て見ぬふりをせずに声をあげていけば大きなものも動かせると思います。あの遼太くんの痣を見た人が全員が、警察に通報していたとしたら・・・何かが変わっていたかもしれない。12時半近くまでいる間にも、夏ミカン、お菓子、スイカ、白い大きな菊、色とりどりのガーベラが供えられていました。私は日曜日しか行けませんが、おばさんは平日の方が人が沢山手をあわせにくると言ってました。もう事件から季節も変わり夏がきます。遼太くんを失った悲しみは癒えるどころか、心の中にさらに重くぶるさがっている感じです。
今日は12時過ぎくらいに河川敷に行ってきました。3人ほどいつもいらっしゃっているボランティアの方がいらっしゃいました。いつものように延命剤を入れたお水に取替え、腐った茎を落として水切りをしてお線香をあげて手を合わせました。川岸のコンクリートの場所は一番照り返しが強いせいか、水が温かくいつも川虫がいます。新しいお水に取替えお花も頑張ってくれるでしょう。遼太くんにもペットボトルとおにぎりが供えてありました。ホームレスのお世話をしているおばさんが、いつも公園でバスケを練習している遼太くんを見ていて、おにぎりをあげたことがあるという話を思い出してしまいました。人懐っこく可愛い子で「おばちゃん、おにぎりある?」っと駆け寄ってきていたと。でも秋以降パッタリと来なくなったと。こっちに来てからいろいろ食べただろうけど、きっと島の美味しいお刺身や焼き魚、イカの丸焼きを食べたかったんだろうな・・そんな事を考えながらフェンス前のお水を取り替えに行くと、おばさんが自転車で家から持ってきたお水をまいてくれてました。河川敷で川には沢山のお水があるけれどこの陽気ですぐお水も痛んでしまうので水道水は貴重です。おばさんと一緒に水切りをしながら花壇を見ると沢山の小さな芽が出ていました。先週ひまわりとコスモスの種を撒いたのですが、おそらくコスモスだと思います。駄目かもと思いながら撒いたコスモスの種ですが、1000粒ほどあり風に飛んでも又、そこで雑草に負けないで育って秋に河川敷に沢山の花を咲かせてくれればと願いながら。そこには二人の少年も来てお線香をあげて手を合わしてました。遼太くんのお友達か全く知らない子かはわかりませんが、きっと彼らの心にも命の尊さやこうやって悲しむ人が沢山いるという光景は一生焼きついていくんだと思います。その他にもおじさん、若いお兄さんが手を合わせられてました。お兄さんは少年たちが手を合わせ立ち去るのを待って、ずっと遼太くんの笑顔の写真と島での小学一年生の写真を見つめて手を合わせてました。本当にどれだけ手を合わせても遼太くんを失った悲しみが癒えることはずっと無いと思う。どれだけ涙を流せば終わりになるんだろう。自分が立っているこの地をどんな思いでいたんだろうと思うと、又たまらなく涙がこみあげます。あんな小さい心優しい子になんであんな惨いことが出来たんだろう。何も反抗したわけでもなく、何も危害を与えたわけでもないのに、ただ家に帰れると信じて殴られても泳がされても言うことをきいたのに。本当に犯人が憎いです。あの犯人に出会いさえしなければ。結局最後は時を戻せないどうにもならない現実で、出口の無い悲しい迷路の中にいるような気持ちになります。以前より河川敷一帯が草が刈られ、フェンス前には花壇らしき物が作られているので入り口の献花場所だけでなく、この河川敷の奥まで皆さんが来てくれてます。川岸のコンクリートに1個、フェンス前に1個、そして入り口の献花場所に2個のバケツにお花は満杯です。今日は涼しげな真っ白な洋菊を持ってきたので2箇所に分けて供えました。遼太くんの純粋無垢な心のような白です。4ヶ月経とうとしているのに毎日毎日朝の水やり、ゴミの撤去、お線香の補充、写真の手入れ、献花・・・本当に多くの人から愛されてます。何処かで遼太くんは見てるかな。
昨日28日、河川敷に行ってきました。朝9時過ぎに着いて、夕方4時過ぎまでいましたが、事件直後ほどではありませんが、本当に多くの方が最後の献花に来てくれてました。バケツやら水容器が撤去の際に迷惑にならないように撤収しようと思い、朝着いた時にバケツ2個を片づけましたが、結局多くの方がお花を献花してくれてバケツが足りなくなり元に戻しバケツ6個が満杯になりました。既にバスケットボールやメッセージなどはボランティアの方が引取、遼太くんの写真もあの変わらない笑顔と島での遠足の写真だけになっていました。3か所に置いてあったお線香、写真、お花も入口の1か所だけに。フェンス前の花壇も囲いは無くなっていましたが、ひまわり、ハイビスカス、マリーゴールド、コスモスなど根付いたお花はちゃんと残ってます。コスモスはまだ雑草とまちがえてしまうような葉っぱだけの状態ですが、どうかこのまま秋の花が咲くまで残っていてほしいと願います。蒔いたコスモスは1000粒の種です。数株だけでも花を咲かせ、又種が風に運ばれて河川敷きが少しでも明るい場所として姿を変えていってほしいです。日曜日ということで遠方からいらっしゃった方も沢山。青森、群馬、静岡、兵庫・・本当に今でも遼太くんの写真の前で手をあわせると涙がこみあげます。朝から夕方まで60人くらいは軽く超えていたような気がします。本当に無念です。もうここには遼太くんはいないけれど少しでも彼の近くにと足を運んで最後のお別れをするかのように手をあわせ名残惜しそうに帰っていかれます。お話をした方もまるで自分の子供を失ったように悲しいと、毎日小さな遼太くんの写真に話しかけていると、ご主人も夢を良く見ると。私も家のパソコンにしまってある遼太くんの写真にいつも「おやすみ」と言ってパソコンを閉じています。献花場が無くなっても本当に多くの人の心に遼太くんの生きた清らかな13年間は確実に残っていくんだと思います。遼太くんの分も子供を愛する、孫を思う、他人の子供でも見守る、困っていそうな子供に声をかける、困っている親を支える、そして彼の分も生きる。多くの方が感じていることだと思います。遼太くんと小学校で仲が良かったという子がお母さんと来ていました。又、3人の中学生とお母さんも。あーこんなに背が高いんだ・・きっと遼太くんは同級生の中でも小柄できゃしゃだったんだろうな、ならもっと周りで見かけた人達はあの不良グループに連れられている無表情な小さな遼太くんをなぜ見過ごしていたんだろう・・と思ってしまいました。そして何よりも警察、川崎市、教育委員会、学校がもっともっと多くを感じて声明を出してもらいたい。これほど献花場撤去を迅速に立て看板で告知して動くのに、夜の公園、ゲームセンター、飲食店にも未成年者の利用を立て看板で告知してお偉い方々が抜き打ちでパトロールとか取り締まり、警察の補導を大々的にすればいいのに。この河川敷きだって事件前は不良のたまり場で夜の飲酒も頻繁にされていたと。そんな危険なゾーンがこれかも放置されたままになっていくのか。犯人達の今後の刑罰、暴力にかかわった他メンバーの行方、学校や教育委員会、川崎市の今後の対策・・なにもかもがうやむやで都合が悪い事には蓋をされているような気がしてなりません。本当に何も悪くない彼がなんでこんな殺され方をされなければならなかったのか、いつまでたっても無念な気持ちをどこにぶつけていいのか。警察がどこまで調査出来ているのか、又手紙を書いた方がいいのか・・。来月月命日には何も無い河川敷きでも行きたいと思います。
何1つ残っていない河川敷を見て、まるで何も無かったかのように・・。でも遼太くんの死を悲しんだ沢山の涙がしみこんでいます。笑顔の遼太くんの写真が草むらに置かれているのはとてもつらかったです。3月はまだ寒く北風が冷たく、夜の真っ暗の中にあの写真があると思うと、まるであの夜の苦しさ、痛さを思い出させるようで可哀想で可哀想で仕方がありませんでした。何も無くなっても、遼太くんを想う気持ちも、犯人達に厳罰を求める気持ちも変わりません。これからは全国の方が献花のかわりに花の種を落としてくれればと願います。今日の朝のニュースで1人のご婦人のインタビューがありました。そのご婦人は大師公園で木に挟まってしまっているおじいさんを助けようと思ったが、1人でもどうすることも出来ず、そこに遼太くんが通りかかって手伝ってくれたと。遼太君はおじいさんに声をかけ続けて救急車を呼んで、そしてご婦人に「助かって良かった」「本当に良かったですね」と。その時の優しい遼太君の顔が忘れられないと。あらためて、悔しいです。涙が出ます。本当になんて優しい心を持っている子なんでしょうか。片や主犯は通りすがりのおじさんの背後から鉄パイプで頭を殴り重傷を負わせたヤツ。こんなヤツに心優しい遼太君がさんざん暴力を振るわれ、脅かされ、凶悪犯ですら受けないあんな仕打ちを受けて命を奪われるなんて、こんな事があっていいのだろうか。こんな事があって刑法が変わらなくていいのだろうか。同級生をかばったり、上級生から小学生を守ったり、家出をした同級に一晩中寄り添ったり、孤立している人に声をかけたり、・・この明るい笑顔でどれだけ周りの人たちを助けてきたのか。なのに誰も彼を助けることが出来なかった。助けようとしなかった大人。救えた命だったのに。こんなに大切な命を面白半分に奪った犯人3人、自分の犯した罪がどれほどのものか理解するには同じ苦しみを味わうことだけだと思います。
先日、お坊さんが河川敷に来てくれた時の様子が見れます。
ひまわりは強く、たくましく育っています。
https://www.facebook.com/makoto.misaka
又、この方のフェイスブックの過去をみると遼太くんの頁が。
「上村遼太君を忘れない」
https://www.facebook.com/groups/355579021304633/
想いはいろいろですが、どんな形にしても遼太くんの死を悲しみ、彼の稀に見る清らかな心と優しさに敬意を表し、愛しむ人達の繋がりが絶えない事を願います。
初めまして。
京都在住の息子二人を持つ母親です。
今、コメントを拝見させていただき、涙が溢れております。
こんなにも、気持ちを共感できるかたがいらしたことで、先日の裁判での失望と落胆に体調を崩しておりましたが、心に少し光が射し込んでまいりました。
なぜ控訴されなかったのだろう?
このまま終わらせていいわけがない。
遼太君のことを、また再び救えなかったという思いに責められ、毎日辛く哀しい日々を送っています。
自分の無力さが虚しいです。
貴方の想いはきっと遼太くんに届いていますよ。
殺人犯3名の少年法による判決は
びっくりする程軽いけど、
世間に戻って来てからが
私達世論の戦いだと、私は思います。
加害者が何処に潜んでも
情報を、皆で共有しあって
一生晒し、
一生償う人生を送って欲しいです。
愛する人を持つ幸せ
子供を持つ幸せ
親に、孫を持たせる幸せ
どれも残酷に被害者から奪いました。
こんな幸せは加害者に持たせてはいけないと思います。
忘れないで、ただ想う事も
大きな力になると思います。
あの事件のニュースを見てとても忘れられません。遼太君が安らかに休まるようにただ祈って手をあわす事しか出来ず、一刻も早く解決してほしいと願い今でも祈っています。私は身体が障害で車椅子なので行く事は出来ませんが、心よりご冥福をお祈り致します。
事件から、もう1年も経つのですね。
想像するだけで身の毛がよだつ。
「自分の息子だったら…」と考えると、
目頭が熱くなります。
怒りがこみ上げてきます。
ただただ御冥福を祈るばかりです。
お母様や親族の方々、友人知人、近所の方々、
どうかご自分を責めないで欲しいです。
お母様、とても悔しいと思います。
気付いてやれなかった、
守ってやれなかった、
お願いします、自分を責めずに。
私も母子家庭で子育てをしております。
男の子を育てるのは難しいですね。
本当に難しい。
これからお母様の大きな支えに、
なってくれただろうに。
お母様に少しでも笑顔が戻りますように。
残された御家族に笑顔が戻りますように。
少なくとも、単に韓頭人が韓頭人を殺した事件とわかってよかった。
千葉のレイプ放火強盗殺人みたいに、まったく縁の無い地域から移住した人が殺されたかと思ってた。
私は、京都に住んでいます。
遼太君ごめんね。必ず手を合わせに行くからね。絶対忘れないからね。遼太君の笑顔
犯人が憎いその親も憎い一生償え。
鬼畜の3人と親遼太君がどれだけ辛かったか
どれだけ寒かったかどれだけ怖かったか、
遼太君島根に居たら良かったのに最後まで
残りたいと言っていたのに。
ごめんね。必ず会いに行くからね。
親も悲しいでしょうが遼太君の兄弟もどれだけショックを受けているかと思うと辛い。
遼太君のお兄ちゃん妹さん弟さん本当に沢山の人に遼太君愛されているからね。
最初は埼玉とんでん橋付近によく表れ霊感が極めて強かったとされる元吹奏楽部のリーダーで他界した女子(通称・川口のツルちゃん・16)との出合いが切っ掛けで、川崎も地図としては埼玉からそう離れていないと思うので、河川敷事件の上村君も掌握されていないかの確認が始まった。そうしていると日当たり良く木陰も備え付けた明るい環境がこちらにも指定される。その後、元メジャー歌手だった人とレコーディング活動をしている様子を感じた。それでも上村君だと判らなかったので、新たに加わった3角バミューダーの通信(ニコラ・テスラの応用霊媒術)で川口のツルちゃんにもう一度たずねると、こちらでは今まで計画された事の無い河川敷の工事と言う現象が発生した。そして昨日の夜更け(2022.4.19)通常はカラオケ一服コーヒー休憩の玄関前、誰もいないはずが複数の騒めきが聞こえ始め、ボクはアクション!!と言うひときわ大きな声、今後はアクション芸能を希望する様な返事だろうか(それと1人でいるより仲間と行動するのが好きな性格では?)今のところ、まだ名前までは確認できないど、現在の上村君が都市伝説と言う形でアプローチしようと試みている可能性も出て来た。また何かあれば。